陰蝕の鬼 - 四拾九 -



斎藤が帰った後、恭一郎は自室に引き篭もったまま、
昨日真砂から聞いた話と、そしてその前後に
自分が見聞きしたものについて、反芻していた。
何度思い返しても、真砂の語るままには事を受け止められずにいた。
昨日から、目を開けたまま夢の中にでも居るような、
頭の何処かが痺れているような、不思議と現実感の伴わない
ぼんやりとした感覚が抜けきらずにいた。


真砂が、三年も前に死んだというのも、俄には信じがたい。
これまで、噂に聞き及ぶ中にも、一度死した人が、
たとえ、どれ程徳の高い僧であっても、
一度滅びた肉体を纏って生き返ったなどという話は聞いたことが無い。
これが、真砂一人の世迷い言であったならと、
返すがえす念じてみても甲斐のないことだった。


とは言え、あの夜、恭一郎の前で真砂の姿をした濘が見せた跳躍は、
人のなせる技ではない。
如何に身の軽い者であっても、あれの半分も飛び上がることは出来ないだろう。
宙を滑るようにして移動し、一瞬の内に数間もの間合いを詰めてきた様も、
二ヶ月前に見た通り。
目の錯覚などではなかった。
あれを真砂が鬼だと言うのなら、濘が鬼だというのは事実なのだろう。


―  肉体を失って尚生き、人を遥かに超えた体技を持ち、死した体を蘇らせ、
   命のやり取りまでする。
   すでに神仏の御業にまで届く、鬼の通力とはなんだ?


あの、真砂の、光を透かした影の様も、何か仕掛けがあったようには思われない。
それに、なにより、そのような奇妙な話を真実でないとするならば、
真砂は何の得があって、恭一郎に打ち明けたのだ。
昨夜、恭一郎と濘が言葉を交わしたことで、この上は隠しきれぬと
観念しての告白だったと考えるべきだろう。


―  鬼とは一体、何なのだ?


二年前、次の春で三年といえば、真砂はまだ子供。
おそらく、今の良太と同じ頃であろうか。
恭一郎は考えた。
だが、今の真砂は、それと同じには見えない。
幽鬼といえど、真砂は歳をとっている。
乱丸の命を借りて年を経ているからだというのか。
だとしても、それは生きているということではないか。
そこに、いまある自分と、一体どんな差があるというのだ。


―  それに私は確かに見た。
   昨日、陽の光の下で見た、あれは確かに人だった。
   あれは、あやかしでも何でもない。
   あれは真砂だった。
   あの濘という男とは、明らかに違った。


―  血濡れの手斧。真砂は言葉にだしはしなかったが、
   目は物語っていた。
   あれは昨夜の門前で見つかった殺しと関わりがあるのだ。
   そして、恐らく、それだけでは済まない。


『もう二ヶ月になるんどすなあ』
恭一郎は、しみじみと言っていた正之助の言葉を思い出していた。


―  一連の殺しが起き始めたのが二ヶ月前、
   雀羅座が京に上ったのも二ヶ月前。


―  やはりこの二月に起きた事件は、恐らく殆どが濘によるもの。
   噂通り、鬼の仕業ということか。


一つ一つを精査したところで、何をすべきか皆目見当がつかない。
だが、番所に届ける訳にはいかない。
濘を捕らえさせるということは、すなわち真砂を捕らえさせるのと同じこと。
あの虫も殺さぬような大人しく、弱々しい真砂が縄に掛けられるなど、
恭一郎には想像するのも恐ろしく思えた。
捕まれば間違いなく死罪。
殺されるのは、真砂なのだ。


だが、このまま濘を見過ごすわけにもいかなかった。
このまま放置すれば、殺しは依然、増え続けるだろう。
増えればいずれは誰かに目撃され、罪が暴かれる日が来る。
濘が、罰せられれば、真砂も同じ。


―  なんとか、二人を分かつ方法はないものか?


―  だが、濘の通力を離れた真砂はどうなるのだろうか?


考えられる手立てがない以上、これより先は、濘に罪を重ねさせてなならない。


―  濘になんとか人殺しをやめさせねばならない。


―  だがしかし、濘は何故そのような罪を重ねるのであろう?
   鬼とあれば、人を殺めねばならぬという法でもあるというのだろうか?


―  何故だ?
   鬼だから人を殺すというのではあるまい。
   人を殺めるが故に鬼なのだ。


―  濘と話さねばなるまい。
   これ以上、罪を重ねぬよう、如何に説得すべきか。


恭一郎は濘の姿を思い浮かべた。
初めて御堂の前で姿を見た時は、美しいとさえ思った。
だが今になって、真砂の姿をして悪事を働く悪鬼だとわかると、
恭一郎は歯噛みしたくなるほど憎く思えた。
夜毎、真砂をあの身に閉じ込め、悪辣な殺しを働いている。
そして、そのために真砂が呵責を受けている。


―  なんとかして、真砂どのから濘を引き離したい。
   出来ることなら、討取りたい。
   しかし、そうした時、真砂どのは一体どうなるのか?


恭一郎の思惑は、依然闇の中だった。





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 次回更新は、本稿更新 翌日 12:00 です。 
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