陰蝕の鬼 - 四拾八 -



 ◇ ◇ ◇


雀羅座へ真砂に会いに行き、事の次第を聞いた日の後、
恭一郎は二日間を自宅の屋敷から一歩も出ずに過ごした。
斎藤が先日の手斧を届けた日のことを、聞きに来るだろうと踏んでのことだった。




予想通りに翌日、非番だと言うのに斎藤は恭一郎を尋ねてくると、
一時ばかり話をして帰っていった。


「偶々、芝居小屋の小僧が怪我をしたのに居合わせたのです」


―  どのみち、調べればわかることだ。


恭一郎は、聞かれたことになるべく事実を忠実に話した。
聞かれぬことには端から触れず、我ながら小賢しいとは思いながらも、
ここまで関わってしまった以上、恭一郎には他に手段はなかった。
そして、ここ数ヶ月、雀羅座と懇意であったことだけは悟られぬよう気を砕いた。


「医者が必要な様子でしたので、猪熊通りの赤土先生に遣いをやりました」
「茶屋は、その時ご足労いただいた先生にお訊きしていただいてもわかります」
「いえ、存じ上げません。梯子から落ちたというところに、
 たまたま居合わせただけなのです」
「小僧は、以前、何度か見かけて見知ってはおりましたが、それだけです」
「…あの通りで、軽業など披露して客を引いているところを何度か」


出来るだけ感情を込めずに小出しにしながら答えていった。


「その後、一座の人手が足りぬと言うので、そこの役者が座敷に上がるのを、
 共をして丸太町の黒木屋まで送っていったのです」
「何分、昨今は物騒にございますから、単身夜分に出歩くのは恐ろしかろうと…」
「千乃丞という役者にございました」
「それは可憐な見目の、器量の良い役者でございます」


「…正確に何時とは覚えておりません」
「黒木屋にお聞きになれば、あるいはわかるかもしれません」
「確かに。屋敷とは逆の方角でしたが、
 お帰りの際も茶屋までお送りいたしました」
「その帰りでございます」
「あの手斧を拾いましたのは…」


「落とし主はわかりません」
「…見たような、見ていないような、としか申し上げられぬのです」
「最初に見掛けたのは、いえ、あまりはっきりとは…」
「人影が見えた気がいたしまして、それが、いくら夜分とはいえ、
 あまりにも急ぎ動くのを不審に思い、後を追いました」
「偸盗か何かだと思ったのです。…はっきりとは。怪しげに思えただけです」


「その先にあの手斧が落ちていたのです」
「月夜でなければ、恐らく気付きもしなかったでしょう」


「…人影でございますか?」
「それが、袋小路の先には、誰も見えなかったのです」
「手斧がその者が落としていったものかどうかは、わかりません」
「何分、私が辿り着いた時には誰も…」


「…風体でございますか?」
「わかりません。何分、暗うございましたし、動きも素早く、
 それこそ小路の角を曲がる瞬間を目にした程度でしたので」


「…左様です。背を見ただけなのです」
「遠目にございましたから、はっきりとは」
「それほど大柄には見えませんでした。十人並みといったところでしょうか」


斎藤の質問に答える間、恭一郎はぼんやりと、
昨日帰り際に見た乱丸達の顔を思い浮かべていた。

恭一郎から様々な嘘と隠し事をして、悪びれもしない彼等のしたたかさを。


―  だが、雀羅座には、子供もいれば年寄りも居る。
   守ってくれる者も地位もない、身一つの彼等が、
   己が身を守るため、生きるためにと吐く嘘を、どうして責められよう。


乱丸達の気持ちが全くわからぬわけではない。
否、寧ろわかるだけに、恭一郎の心は沈んだ。


―  多少の悪にも目を瞑らねばならぬのも、彼等が生き延びんがため。
   後ろめたさがないわけではないだろう。
   それでも、それ等と実利と秤にかけて、切って捨てているのだ。
   止むに止まれぬ理由があるのだ。それは乱丸達の所為ではない。
   彼等にそうさせる、今の世の中が悪いのだ。


恭一郎の心は決まっていた。


―  真砂がことは、必ず他言はしない。
   なんとか雀羅座の皆を助ける手立てを考えるのだ。


斎藤の質問に素直に応じ、事実を織り交ぜ語りながらも、
恭一郎は真砂と濘について、一言も洩らしはしなかった。
この二ヶ月余り雀羅座に通う内、恭一郎は、意図せず彼等の影響を受けていた。
乱丸達の持つ、時に冷酷とも取れるすすどさ、したたかさを、
それと知らずに学んでしまっていた。
以前の、二ヶ月前の恭一郎では、こうまでは出来ぬ受け答えだった。



「それにしても、こう申しては何ですが、恭一郎どのは
 なにかとこの一件にご縁がお在りのようですな」


「私もそれは思うておりました」


「これが良い方向に向かえば良いのですが…」
「用心に越したことはございません。
 夜分など、あまりお一人で出歩かれぬが良いでしょう」


「はい、心して用心いたします」


恭一郎がしおらしく答えると、言い出した斎藤が逆に笑い飛ばした。


「とはいえ、恭一郎どのは剣の達人とお伺いしております。
 下手人に遇いさえすれば、逆に返り討ちになさりましよう。
 ならば、積極的に出歩いていただいた方が、早う解決するやもしれませんな」


「…いえ、そのようなことは…、私のような腰抜けでは到底…」


恭一郎は虚ろに答えながら庭先に目をやった。
鮮やかに色付いた楓が、風に煽られて盛大に葉を落としていた。





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 次回更新は、本稿更新 翌日 12:00 です。 
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