陰蝕の鬼 - 四拾六 -



「・・・ねい…?」

我知らず恭一郎は訊き返していた。


「左様でございます」
「昨晩、恭一郎さまがお遇いになられたのは、濘と申します者」


「真砂どのと似たお顔立ちの…」


「似て当然、恭一郎さまがご覧になられたのは、同じ者にございます」
「濘は、私の、この身に住まう鬼にございます」

真砂は沈んだ声で言った。


「…あれが、鬼?」


恭一郎は、真砂の言葉がにわかに理解できずにいた。


「一体、どういうことなのです?」
「真砂どのは、一体何を仰っておられるのか…」


言い募りながら、恭一郎は、自分の視界が塞がっていくような錯覚を覚えた。


「真砂どの…」


恭一郎の狼狽をよそに、真砂は落ち着き払って語り始めた。


「恭一郎さま、真砂は今から二年前の春、死にましてございます」
「ならず者達の手によって勾引かされ、その先で殺されましてございます」
「真砂の帰りが遅いことを案じて、探しに出た乱丸が、
 見つけた時には、とうに事切れておりました」


顔色一つ変えずに真砂は言った。
恭一郎は、第一声を聞いた時には、己が耳を疑った。
それが何かの聞き間違いでも、聞き逃しでもないとわかると、
俄に己の心臓が激しく脈打つのを感じた。


「そこに濘が現れたのでございます」
「濘はその昔、大和の国、生駒に住む鬼であったそうにございます」
「幾年前かはわかりません。金峯山寺の玄昉という僧に討たれ、
 その身と、大半の通力を失い、魂のみとなって
 長らく現を彷徨うておった者にございます」
「濘は、依代を求めておりました」


「そこで、この身と、乱丸の死した後の魂を下げ渡すかわりに、
 真砂の魂を呼び戻し、生き返らせるというという約束を、
 乱丸と交わしたのでございます」
「故に、半分は真砂、残りの半分を濘として、
 二つの魂がこの身に宿っているのでございます」


「そこな影を…」

真砂は言い、恭一郎を透かした先の、板壁を指した。
明り取りの窓から入る陽の光の中に恭一郎の陰と、
それに重なるようにして、もう一つの影が映っている。


恭一郎は、促されるままにしばらくそれを眺めた後、再び真砂を顧みた。
真砂は、恭一郎が楽屋に入った時と変わらず、静かに窓際に座している。
なんの変哲もなく見えた。
だが、陽の光の下で、板壁に映し出された真砂の影は、
恭一郎のものとはまるで違う。
形だけは真砂の姿を留めているが、その色は、ぼんやりと霞んで薄く、
恭一郎のものと比べても、二倍、三倍に薄めたように、光を透かしている。


「そこが影は、元は乱丸がもの」
「濘が乱丸の命を二つに割って、この身に宿したことで、生まれた影にございます」
「乱丸の足下にも、それと同じものがございます」
「それは乱丸が本来まっとうする筈の、寿命の半分なのです」


「私がこの身は、濘を宿し、その通力によって乱丸が命を半分与えられて
 漸く、うつうせ身を保つ、半ば幽鬼なのでございます」


恭一郎はすでに言葉を失っていた。
確かめたいことがあった筈、聞かねばならぬことがあった筈だった。
だが、何も浮かんでこない。
真砂の言うことが理解できなかった。
すぐ傍で話している筈の真砂の声が、壁を隔てているように遠かった。


―  一体、真砂どのは、何を言っておられるのか。


ただ悲しく、泣きたいような情けないような心持ちが、
腹の底から潮のように迫り上がって、恭一郎の胸を満たした。


―  今、この時、真砂は何を思ってこれを語っているのだろう。


恭一郎には、それだけが気掛かりだった。
真砂の顔を、その唇を、眼を、恭一郎は繰り返し目で追った。


語る真砂は、声音は淡々と抑揚がない。
そこには感情の動きは見て取れなかった。


「・・・濘…」


しばらくの後、ようやく恭一郎が声を搾った。
それは唸りに近かった。


真砂が語ったところに依ると、真砂と濘は交互にその魂が入れ替わるのだという。
真砂が姿をしている時は、濘はその身の内に潜んでいる。
眠っている時もあれば、真砂の目を通して外界を見ていることもあるという。
濘が姿を表している時は、その反対のことが真砂に起きている。
そうして代るがわる、一つ身体を使っているのだろという。


「…あれが…」


恭一郎はうわ言のように呟いた。


「…鬼」


真砂は、再び静かに恭一郎を見返した。
もう語ることはない、という顔つきだった。



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 次回更新は、本稿更新 翌日 12:00 です。 
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