陰蝕の鬼 - 四拾四 -



 ◇ ◇ ◇


斉藤達の暗がりに夜を徹しての捜査もむなしく、
亡骸を見つけたのは、明け方、門前の清掃に出た寺の小間使いだった。


正門の柱の影で冷たくなっていた骸は、身形の怪しい香具師の類らしかった。
喉元に振り下ろされた刃物の一撃で事切れたのか、他に取り立てる傷も見えず、
門柱や門扉に夥しい血を撒き散らし、同じく血の沼に横臥していたが、
顔付は不思議と大人しいものだった。


亡骸を発見した男が番所に掛けこんだ時、そこに居たのは、
出仕したばかりの朝番の役人が一人と、恭一郎だけだった。
昨夜、番所に手斧を届けた後、知らせを受けて加勢に来た役人と共に、
番所で留守居の夜を明かしたところだった。


草履も脱がず、土間に足を投げ出し、悄然と上がり框に腰を落としたままなのは、
何も夜を徹した疲れによるものではない。
恭一郎は、昨晩、自分が目にした顛末を、事実として容易に受け入れられずにいた。


血濡れの手斧を番所に持ち込んでおきながら、
それを見つけた経緯も満足に説明できなかった。
ただ、手斧を見つけた場所を指し、
近くに死体があるやも知れぬと告げるので精一杯だった。


幸いにして、事件が人目につくことを、なによりも危惧している斉藤達の前では、
仔細な説明は求められなかった。
一刻も早く、事件に関わる証拠と下手人を見つけねばならない。
翌朝の番の役人達に加勢を頼むために遣いを走らせ、
話は、かかる死体と下手人の見つけた後にと言い捨て、
斉藤達は番所を飛び出して行った。


恭一郎は、番所の留守居をしながら、
この後、如何に仕儀を説明すべきか考えたが、
以前、斉藤に吐いた嘘のようには、つらつらと言葉は出てこなかった。
それよりも少しでも早く真砂の許に行きたかった。
辿る順序を間違えたと思った時には遅かった。
ここに来て、己の馬鹿正直を呪ったが、今更やり直せるものでもない。
今、自分が迂闊動き回っては、いらぬ疑いが周囲に飛び火するのではないか。
そう思うと、この場を置いて真砂の許に駆けつけるなどという事が
出来よう筈がなかった。


何かよい手を考えなければならない。
そう考えるも恭一郎は上の空だった。
気付けば目の前にある板壁の、節の目を数えている。


昨夜見た逆髪の男、男の語った話、
男が去った後にその場に落ちていた血濡れの手斧。
これらをどうあっても、結び付けて考えたくはない。
だが、今回ばかりは、男が手斧を持っていた、
あるいは落としたところを見たわけではないと、
言ってのけるだけの太太しさは、持てなかった。


―  あの男は、真砂どのに訊けと言っていた。


―  真砂は、雀羅座は大事ないのだろうか。
   せめて彼等の無事を確認したい。


焦りながらも、いらぬ嫌疑を掛けられたくないという保身から、
恭一郎は動けずにいた。
次に何をすべきかまったく見えぬ、自分の不甲斐なさに腹を立てていた。
何事もなく夜が明けて欲しい、苛立ち、祈る思いで夜が白むのを待った。


あらゆる感情に夜通し削られ、恭一郎は疲弊していた。
それでも考えたくないと、全てを闇雲に押し込めようとしている自分に、
半ば呆れ、自暴自棄になっていた。


寺の小間使いの案内を受け、留守居の役人が出払った後、
役所の雑用を賄う小者が出仕して来ると、
恭一郎に湯呑みに汲んだ白湯を出し、自分の仕事に戻っていった。


斉藤達が戻るまで、恭一郎は番所に残っていたが、
戻ってきた斉藤達と互いに疲れきった顔を付き合わせると、
それぞれ思うところはありながらも、自然と話は後日ということになった。






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 次回更新は、本稿更新 翌日 12:00 です。 
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