陰蝕の鬼 - 参拾四 -



◇ ◇ ◇


恭一郎にとって、真砂は依然わからぬままだった。
かれこれ茶屋に通い出して、一月余りもあろうというのに、
交わした言葉は数えるほど、それも恭一郎が何事か尋ねた時のみである。
雀羅座の他の面々との親密さは、顔を合わす度に増していくように感じられたが、
恭一郎と真砂の間合いは、一向に縮まる様子がなかった。

真砂は、他の役者達に比べると、役者というにはあまり役者らしくない。
元来から控えめで大人しい性質のようだった。
舞台の上ではあれほど堂々と役どころを務め上げているというのに、
舞台を一度降りると、いつも俯きかげんに伏し目がち、話す声も細々と小さい。
さらに恭一郎の前にあっては、なおさら寡黙、
いつも他の誰かの背中にまわって隠れているような有様だった。

当初遇った際に、怯えさせてしまったのかも知れない、そう思うも、
これほど毎日顔を合わせていて、一向に慣れる素振りのないことに、
恭一郎は些か傷ついていた。
加えて不自然なことには、恭一郎はこれまで一度も真砂の生の髪を見ていない。
日頃見るのは羽二重、舞台は鬘、外出する時には頭巾と、常に髪を隠していた。
役者とはそういうものだと考えられなくもないが、
芝居にほとんど出ずっぱりの筈の正之助はそうでないところを見ると、
やはり真砂は意図的に髪を隠しているのだと思われた。

だが、恭一郎は口に出さずとも、真砂の髪が黒髪でないことを、とうに知っていた。
いくら羽二重で隠しても、まつげ、産毛は隠せない。
楽屋の明かり取りの小窓から射す光に、真砂のうなじに残る毛が、
高い陽光の下では黄金に、また遠い光に透かせば白銀のごとく輝く様を、
恭一郎は、何度となく恍惚となって眺めた。






「真砂どのは、お美しいな」


恭一郎が洩らすと、真砂は恥ずかしそうに顔を背けた。


「お戯れを…」

消え入りそうな小さな声で囁いた。


「戯れなどではございません」
「私は、初めてお見かけした日より、ずっとそう思うて参りました」
「現に今日もあのようにして客が観得るのも、真砂どのを観るためではございませぬか」

恭一郎が言い募ると、真砂は曖昧に笑って返した。


「うちには千乃丞が居りまっさかい…」


「それだけにはございませぬ」


二人の間にしばらくの沈黙が落ちた。



「真砂どのは、なぜ髪をお隠しになるのです?」
「窮屈にはございませぬか?」


恭一郎は、この日、初めてそれを口にした。
楽屋には他に誰も居なかった。

真砂は、身動ぎひとつせず、伏せていた目だけを、すい、と上げ、恭一郎を見た。
おおよそ予感はあったのだろう、驚いたという風ではなかった。


「くせが悪うて、見苦しうございます」
「人前に出せる体ではございませぬゆえ…」

小さな声で、遠慮がちに言った。


「髪が白きことを申されて居られるのですか?」


「それもございます」


「なぜそのようなことをお気になさるのです?」


「・・・・・・」


「髪など歳をとれば白くもなり、その内抜け落ちて、いずれは無くなるもの」
「若い内から、早う白うなる者も居ります」
「いずれかには移り変わっていくものです」
「お気に病まれるようなことではございません」

「もしも、私が此方に出入りすることで、そのようにお気遣いなさっておられるなら、
 それは不要にございます」
「私は、些かも驚きませぬ」
「それよりも、私は、貴方の御髪を拝見したい」


恭一郎は、それまで思い溜めていた言葉を、一息に言った。
真砂はそれを物憂げに聞いていたが、なんとも答えなかった。

恭一郎は続けた。


「真砂どの」
「私は真砂どのを、お慕いしているのです」
「できればお聞かせ願いたい」
「真砂どのには、誰か念者がお在りなのですか?」   (* 注訳あり)


恭一郎がそう言い、目を上げると、目の前に真砂の白い顔があった。
だが、真砂は恭一郎を見てはいなかった。
床几に掛けたまま、背をすっと伸ばし、恭一郎を通り越してどこか向こう、
空の一点を見据えたまま、きっぱりと言い放った。


「真砂には、御ちゃんが居りまする」


凛としてよく通る、澄んだ声だった。






 『 念者 』 とは、衆道(男性の同性愛)における兄分に当たります。

   今回、恭一郎は『誰か頼れる恋人か、心に決めた好きな奴が居るのか?』程度に訊いているとご理解下さい!

  セクシャルなことに結構オープンな世界設定です(笑)
  初期の衆道においては、兄分(念者)弟分、の区別があり、ざっくり言うと兄分(年上攻)、弟分(年下受)
  兄分は必ず弟分より年長者。 兄分は弟分に傅く者であり、名は必ず敬称を持って敬われ、互いでひとつがい。
  二股幾股は、常識的には論外。どちらにも二つも三つも空席はない。
  基本は兄分からの求愛に弟分が応じる形(選択権有り)、という、第一に様式を重んじる(もちろん例外はあり)恋愛感、
  的な ☆Yes!パラレル設定☆ だと、なんとなくご理解いただけると幸いです! 井原☆西鶴に感謝!!


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 次回更新は、本稿更新 翌日 12:00 です。 
   閲覧ありがとうございました!

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