陰蝕の鬼 - 参拾参 -



◇ ◇ ◇


翌日、恭一郎は、一つ目の姉との遭遇を避けるべく、
朝も明け抜け早々に起き上がり、裏口から素早く屋敷を抜け出した。


それまで朝一つ、昼二つ、三公演を稼いでいた茶屋は、
日が落ちるのが早くなってから、朝二つ、昼一つに変わっていた。
それでも朝から茶屋に詰めるにしては、今この刻限では早すぎ、
さりとて、するべきこともなく、方向だけは茶屋に向かいつつ、
川縁ででも時間を稼ぐかと恭一郎は考えていた。
屋敷から茶屋までの距離は四半時。
まだ人も疎らな通りを歩いていると、前方から見慣れた一団が歩いてくる。
比呂、正之助、真砂、良太と、雀羅座の面々だった。

真っ先に良太が恭一郎に気付いたようだった。
手を振りながら近付いて来た。


「これはお揃いで。随分とお早いな」


恭一郎が声を掛けた。


「うん、お風呂の帰りなんよ」

良太が言った。
そう聞けば、良太の顔も心持ち血色良く見える、恭一郎は他の面々を見渡した。


「このような早い時間から風呂屋が開いていようとは」


「開く前に入らして貰ろうてますねん、ほんまもんの一番風呂どすわ」


比呂が、にこにこと笑いながら返した。


「いつもこのような時刻に?」


「そうだす」


「特別に口利いて貰ろうてますねん」


「一応役者、見た目が売りもんどっさかい」
「いくらお風呂いうても人前に曝すわけにはいかしまへん」


「ほんまは昼にお風呂行ったら、お湯が汚のうて気持ち悪いー、
 足元がじゃりじゃりしていややー、って、正ちゃんが言うからやねんけどな!」

と、良太が笑い、正之助に小突かれた。

その様子に恭一郎は笑いながら、ふと、その隣の真砂に目を移した。
すでに見慣れてしまっているが、この時も、真砂はやはり頭巾を被っていた。
朝夕の冷え込みが厳しくなっている時期だった。
頭巾を被っていても、なんらおかしいことはない。
正之助や真砂は、早くも綿入れを着込んでいる。

「そうか、このような所でお引止めしては、湯冷めしてしまいますな」
「茶屋にお帰りなのですな」


「そうだす、恭一郎さまは、このような時分に何をなさっておいでです?」


恭一郎は、茶屋に向かっての道を促しながら、一段に伴って歩き出した。


「実は、一つ目の嫁いだ姉が、屋敷に里帰りしておりまして」
「この姉の私への当たりが、きつうて逃げ出して来たのでございます」
「昨日、公演を見逃したのも、半分はこの姉が仕業なのです」
「して、乱丸どのは?」


「乱丸は、先に帰っとります」


「じいちゃんは、新しいお湯は毒やからいうて、あとから入れ替わりで行くんよ?」


寒さが増してきたのか、そう言いながら、誰もが足早に茶屋を目指していた。
少し遅れて、真砂が、ちょこちょこ、と着いて歩いている。
恭一郎は歩幅を緩めて真砂の後ろに立った。
真砂が後ろを振り返り、不思議そうに恭一郎を見上げた。


「こうすれば、少しは風除けになるやもしれません」
「それほどお急ぎにならずとも、大丈夫にございますよ」


恭一郎が笑いかけると、真砂は気遣うように会釈し、正之助達の後を追った。






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 次回更新は、本稿更新 翌日 12:00 です。 
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