陰蝕の鬼 - 六 -



―  あの男が、鬼だったのだろうか?
   確かに異形の風体だったが、だからといって、この様な人殺しをするとは思えぬ。

鬼というからには、それ相応の厳しさ、恐ろしさを思い描く。
だが恭一郎には、昨夕見た『逆髪の男』とあの怪異、噂に聞く『鬼』と、
そして今、眼前にある殺人がどうにも頭の中で結びつかなかった。
何れも関係が全くないとは言い難かったが、
それでも冷静に思い起こしてみれば、ひとつひとつは別々に、
同じ時刻、同じ場所に居合わせただけとも言えなくはない、と思われた。

だが、あの奇妙な闇の中でのあの異形の風体。
最初に見た時は、恭一郎もあれを鬼か妖魔かと疑った。
だが、恭一郎はあの男から何の危害も加えられていない。


―  何故に自分が無事だったのかと思えば、
   やはりあれは鬼ではなかったと考えるべきだろう。
   現に、あの男が人を殺すのを見たわけでもない。

―  あの様な為りで、あの細腕で、脇差ひとつ持たぬ身で、
   たとえ鬼といえど、このような大仕事ができる訳がない。
   狐狸の類かも知れず、あやかしの一部かも、
   また、自分の見間違いかも、幻か夢かも知れぬ。
   それに斉藤様も、1人の所業とは思えないと言った。

―  誰かに遇ったかと問われれば、確かに遇った。
   だが、それらしい人というのとは違う。
   下手なことを言っては、却って混乱を招く。


「私は、少なくとも、それらしき者は見ておりません」
「私が見た時は、すでにあの様な次第で」
「逃げ去る者などもおりませんでした」


恭一郎は、言葉を選びながら言った。


「然様ですか」
「また、なにかお気付きの事あれば、お知らせくださいませ」


斉藤は屈託なく言い、軽く恭一郎の二の腕を叩いて労った。
いつも屋敷に遊びに来る時の、気安い男の顔に戻っていた。
恭一郎に騙すつもりがあるわけではないが、
恭一郎の言い分をまるで疑っていない。


「私こそ。お役に立てることがございましたら、お申し付け下さい」
「屋敷にお越しの際はぜひ」
「姉もお越しを楽しみにしております」


手短に挨拶を済ませ、恭一郎は妙法山を後にした。



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 次回更新は、本稿更新 翌日 18:00 です。 
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