陰蝕の鬼 - 参 -



翌朝、まだ空の白み始めた道を、恭一郎は妙法山に向かって歩いていた。
昨晩のことが気掛かりで満足に寝付けなかったのを良いことに、
夜が明けるや否や洛中の家宅を出た。
役所には昨晩の内に出向いて、御堂の死体のことを告げておいた。
そこでは夜も深けており、又、市中からかなり離れていることもあり、
検分は明朝になると言っていた。

恭一郎は、なんら頼まれたわけではなかったが、
自身の目で昨晩の御堂の有様を確認したいと考えていた。

件の御堂に着くと、すでに朝番の役人が、共の者を数人連れて検分に来ていた。
役人は恭一郎に気付くと、強張った顔におぼろに笑みを浮かべて会釈した。


「恭一郎どの、お早いな」


「いえ、そちらこそ、このような早朝に御足労にございます」
「本日が斉藤様の番だったとは、存じ上げませんでした」


顔見知りの男だった。
いつになく青ざめている。
名を、斉藤芳郎という。
恭一郎の父、宮部高人介は、京都所司代に仕える役人であり、
斉藤はいわば父の同僚である。
父よりも遥かに若く、歳はどちらかというと恭一郎に近い。
恭一郎の父と同じく武家の三、四男で、立場上その辺りで年の差を隔てても、
気が合うのだろう、恭一郎の家にもしばしば出入りしている父の客だった。
恭一郎ともよく挨拶を交わす、文人肌の、気の良い男だった。
その実は、父にというよりも、恭一郎のひとつ上の姉、
琴子に見初めて通っていることを恭一郎は知っていた。


「件の死体というのはあちらですか?」

恭一郎は、御堂の外に置かれた筵のふくらみを指して尋ねた。
そう言いながら、並んだ筵の多さに動揺した。

三つ、四つと、地面に丁寧に並べられている。
辺りには、昨晩の記憶と違わぬ異様な臭気が漂っていた。

開け放たれた堂内には、まだ数人の人足が、なすべくもなく右往左往していた。


「ひどい有様です」
「一体、何人になるやも、まだ知れません」


「あれがすべて亡骸ということですか?」


「然様で」

恭一郎に答えながら、斉藤は顔を顰めた。


「まだ増える様ですが、生憎、用意が足りません」
「今、番所に取りに行かせている所です」
「車が精々要るでしょうなあ」


恭一郎は束の間、言葉を失った。


「…そのような、酷い有り様とは…」

昨晩、自分が目を凝らした闇の先に、
自分が見たものを遥かに上回る惨状があったとは、思いもしていなかった。


「まさか、私が見た頃には、息のあるものもあったのかも知れません」
「私から見えたのは、1人きりだったので…」


恭一郎が独り言のように呟くと、斉藤はきっぱりと
「いや、それはないでしょう」と言った。

「どの亡骸も無残な有り様です」
「…八つ裂きにございますよ」
「手足千切れ、胸裂かれ、堂の天井まで血塗れておるような次第で」
「…ちょっとの息もありよう筈がない」
「あった所で、どのみち助かりはいたしません」


一息にそこまで言って、斉藤は気分を換えるように気安い口調で続けた。


「恭一郎どのが、かんぬきを掛けておいて下さったのが幸いでしたよ」
「あれは誰が見ても腰を抜かす」


そして、もう一度、確かめるように御堂の方に目をやった。
恭一郎も自然とその視線を追った。





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 次回更新は、本稿更新 翌日 18:00 です。 
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