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陰蝕の鬼 - 八拾九 -

 ◇ ◇ ◇まだ薄暗い中を恭一郎が真砂を送って行くと、雀羅座の借家では乱丸が戸口を開け放ち、待ちかねていた。恭一郎を見留めると乱丸は腰を折って頭を下げた。「この度は、聞き分けのないことを申しまして…」言い終わらぬ間に、繰り返し何度も頭を下げた。乱丸が真砂の父親のような顔をしてみせるのを、恭一郎はどことなく空虚な心持ちで眺めた。真砂はその脇を一言も交わすことなく、そそと奥へと入っていった。乱丸はそれを目...

陰蝕の鬼 - 八拾八 -

「・・・・・」恭一郎は答えなかった。「恭一郎さまは、今も濘を追うておいでなのですか?」不安気に瞬く真砂の目を、恭一郎は見返した。「いいえ」「ですが、今しがた濘のことをお考えになっておいででした」「真砂どののことを想うていたのです」「私は、真砂どのの安寧だけを望んでおります」「口惜しいことですが、私には、乱丸どののように、 つかの間でも濘を留めておくことも、封じる手立ても持ちえておりませぬ」「己の不...

陰蝕の鬼 -  八拾七 -

「それはどういうことでございましょう?」恭一郎の驚きを他所に、真砂は火鉢の傍らに寄って座した。恭一郎もすぐ傍らに尻を据えた。「人は死ねば終わりです」「そして濘は、誰の命も奪うことができます」「ですが濘は、乱丸の命だけは、今すぐに奪うわけにはいかないのです」真砂は、火鉢の中で赤く煽る炭を見つめて言った。「濘には、時に人の宿命が見えるのです」「そこで乱丸は、遠い未来に往生を遂げる時、千歳に一つという、...

陰蝕の鬼 -  八拾六 -

 ◇ ◇ ◇「夜明けまでに戻らねばなりませぬ」真砂は小さくため息をついた。盥に浅く湯を張り、小さく体を折って屈めたまま、恭一郎に背を向けている。恭一郎はその背を拭う手を止め、聞き返した。「今、なんと?」恭一郎の声が聞こえなかったのか、真砂は項垂れ、前方を見つめたまま、訥々と呟いた。「御ちゃんに叱られました」「もう子供やのうなったんやから、聞き分けのないことを言うてはいかんと…」「真砂どのには、なんの落...

陰蝕の鬼 -  八拾五 -

「片刻も、離れたくないのは、私も同じこと」「ですが、前触れもなくいきなり真砂どのが帰らぬとあっては、 乱丸どのもご案じなさいましょう」「今日のところは一先ずお帰りになり、明日、明日こそは一日を、 昼も夕も夜も共に過ごしましょう」「三刻の辛抱です」「夜更けになれば、また会えます」「よいですか?」真砂の手を取り、恭一郎は口吻た。「明日…」真砂がおずおずと繰り返すと、恭一郎は念を押した。「明日、必ず」「...

陰蝕の鬼 -  八拾四 -

恭一郎とて、出来ることならば真砂を帰したくはない。だが、真砂には濘のことがある。洛中の殺人は、未だ止むことなく続いている。今や鬼の仕業と人々の口に上る殺人の、全てが濘の仕業とまでは言わずとも、その大半が濘によるものと思われた。だが、恭一郎はそれらに目を瞑り続けた。 ― 濘を止めることは、私には出来ない恭一郎は、絶望と共にその事実を受け入れていた。少なくとも濘が真砂に宿り続ける内は、恭一郎には如何と...

陰蝕の鬼 - 八拾参 -

半ば姿を現した刀身は、仄暗い部屋の中で、冷めた光を放っていた。鋭く研ぎ澄まされた白い刃を天に、深く黒々と畝る刃紋は、ぬらりとした空気を纏い、煙立つように曇りなき虚空を威嚇している。「いかがです?」恭一郎は、真砂の横顔を覗き込んだ。真砂は驚きの顔のまま、魂を吸われでもしたように見入っていた。口元が、うすく開いたままになっていたが、息をするのも惜しんでいるかのようだった。微かに瞳だけが、刃の上を何かを...
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